High-Speed-Flower
高速メロディックパンクを中心に、メジャーから激マイナーまで、バンドや音源について書き連ねちゃったりしていきます。
PSYCHOMANIA -FIRST STRIKE-


更新100回目を記念して、本日お送りするのは、このPSYCHOMANIAの最初にして、最後ののフルレングス、"First-Strike"です。って、言っても知ってる人は皆無でしょう。500枚プレスして、200枚くらいしか流通してない上、全部ハケたのかどうかも定かではない、大分のローカル・パンク/ハードコアバンドの作品、つまり、私のバンドです。そんなわけで、今日は思いつきで始まったセルフ・パロディーです。しかし、プレビューとか見ると意外にカッチョいいな、ちょっとノッてきました。

PSYCHOMANIAは1987年にFことKu-geを中心に大分市で結成された、パンクバンドで、結成当初は4人編成。'88年にソノシート"Daylong Reveng"をD.I.Y.でリリース、パンクとして大分初の自主音源リリースは、タウン誌などでも取り上げられ、急激に地元のみで知名度を上げる。そして'89年に無料配布デモ "Suicide"、'90年に8曲入りのテープ"誰かハイドを知らないか"をリリース。幾度のメンバー・チェンジを繰り返し、1990年に一次解散後、翌年、ボーカルのKu-geが、ギターも担当し、旧メンバーであるドラムのHisayaとともに、新たにベースにテッキンを迎え、トリオ・バンドとして活動再開。その後、出入りの激しかった、Hisayaに変わり、女性を含む、数人のドラマーがメンバー・チェンジし、また、トリオ編成以降の盟友でもあったテッキンも、東京への上京を期に脱退。その間の作品は、'92年の7曲入りテープ"Another Great About Track"、'94年に10曲入りのテープ"Cowboy From The Junk Garden"がある。その後、ベーシストにZushiを迎え、Ku-ge、Hisaya、Zushiのラインナップで、2本の未発表のデモをレコーディングした後、フルレングスCDとしては初となる、この"First-Strike"を'97年にリリース。リズム隊の二人もその後、諸事情により脱退。地元で同時期に活動していたPOSERのボーカリストやギタリストがなぜかベースを弾き、サポート・メンバーで活動を続けるも、'98年頃から、大分のシーンからその姿を消す。もっとも、Ku-ge自身、'90年以降、解散を名言したことは一度もなく、活動休止というのが正解である。

バイオ部分でも分かるとおり、非常にメンバーの出入りが激しく、そのメンバーはギターが一人、ベースが6人、ドラムが5人と、結成から、活動休止までの11年間、唯一のオリジナル・メンバーKu-geを含めると、実に13人を数え、またサポート・メンバーも含めると、ゆうに20人は超えるであろうという、出入りの激しさは、同一名義のバンドでは極めて稀なのではないかと思います。そのことからも窺えるように、若き日のKu-geは、あばれんぼうの、おこりんぼうさんだったりしたので、何かと問題も多く、特にその初期は、そのKu-geさんを筆頭に、他のメンバーもヴァイオレンスな方が多く、問題児の宝庫でもあり、スタジオ2つを出入り禁止になったり、歌詞の内容に問題があり、テレビ、ラジオで放送禁止になったり、暴走族に追い回されたり、メンバーが鬱病になったりと、もう、今思い起こしても大変な事件が多々あり、中でも博多くんだりまでツアーに行って、なんかショボいバンドの前座扱いだったのが、気に入らなかったKu-geさんは、リハをスッポかして姿を消し、慣れない町にガチで迷子になってしまい、まぁ、いっかと、そのまま酒を飲みに行き、どうにか本番途中に連れ戻され、見事に予定外のトリを飾り、そこの社長から永久出入り禁止を言い渡されたという、武勇伝まで持っています。ほんと老舗の有名LIVEハウスなので、まぁ、困りましたね。いや、あんま困ってねぇか、LIVEとかどっか空き地でやりゃあいいし。いやもう、そんなことより、帰りの車の中の険悪な雰囲気のほうが大変でした。思えば一時解散の引き鉄ってのはコレだなよく考えると。
そんな中、なんかメンバーいっぱいいるとめんどくせぇし、スナッフとかカッチョいいんで、トリオにすっかと、それまで全くもってギターなど曲作る時以外弾いたことのないKu-geが、無理くりギターを弾きながら歌うという暴挙に出て、テッキンを誘い、トリオ編成となった第二期PSYCHOMANIAは、サウンドこそ、ハードコア色をさらに強めたものの、私生活部分でのハードコア色は大きく減退し、随分とマジメに活動していたように思います。
また、初期は非常にDAMNED色が色濃く、ゴシック的ルックスなども誇っていたのですが、中期以降は、非常にラフなスタイルとなり、あげくの果てはアロハシャツにビーチサンダルという出で立ちで、県外にLIVEへ行くなど、加齢とともにユルさが際立ち、それとともに集客も減少していきますorz ま、しょうがないよね。

というわけで、この"First-Strike"。いや、もう、12曲も入っていながら、ボーカル以外全て一発録りで、レコーディングからミックス・ダウンまで、8時間かかってねぇし、2万くらいしか払ってねぇしで、もうLIVE並みの音質です。後日録ったインチキ低予算プロモビデオのほうが、よっぽど気合が入っているくらいです。しかし、ホントに仕事だけは超高速です。いや、速いんですけどね曲とかも、でもピロピロしてねぇし、というか、ピロピロとか俺弾けんし。近代的メタリックな部分などは皆無に等しく、彼らのサウンドにパンク以外のモノを求めたりすると痛い目を見ます。で、加齢とともにユルさが音にも出てる感じがしますね。
もっともテッキン在籍時は、私の明らかに無茶ブリと言える要求もクリアできる、努力と実力を持ったリズム隊だったりしたので、私は曲作る以外、ライブで暴れ、いかにカッコいいジャンプを決めるかとか、どんなMCで笑いをとればいいのかを考えていました。その辺は終始一貫しています。でも相当その頃は練習してたんですけどね。なんか前作から、明らかに技術が低下してますよねボクの。やっぱ小さいヤマハのアンプはマズかったかな。でも、ソコはそれしかなかったし、アンプ持ってくんのめんどくせぇし、どうかするとギターも持ってくんの面倒くさかったりしたもんね、ボクチン。もう、おかしな部分ばかりがパンク然としています。それも'70年代の。
一応はメロディック・ハードコア的体裁は整えているつもりですが、何と言えばいいでしょうか、このバンドには明らかに九州のバンドと分かるような、土着性や粘着性のようなものが、常に感じられ、疾走感があまり心地よくありません。汚泥まみれになりながら、田んぼのあぜ道を、トラクターで時速80kmでブチ飛ばしたつもりが、実際は70km前後しか出なくて、アタマにきて、そのトラクターを蹴たくりまわしている感じです。まぁ、音源的には一部のマニアや、ご同業の方以外で、ウケた記憶がありませんが、演奏そっちのけで暴れていたLIVEのほうは以外に好評だったので、そんなんならいっそ音源なんて出さなければ良かったのですが、なにせ私はレコーディングというのが大好きで、しかも自分の曲とか大好きだったりするので、確実に音源残してますね、定期的に。で、このアルバム、多分皆さんはダメだと思いますが、私自身は大好きですよ。だって、自分のCDですもん。

とまぁ、そんなわけで、実にくだらないのに、本当にいっぱい書いちゃたなぁ。まさに誰も書かないなら、俺が書くですね。でもって、誰よりもこのバンドに詳しいわけですから。なんだか、変にストレスが解消された気がします。でもって、このCDどこで売ってるかっていうと、どこも売ってないので、まかり間違ってこのCDを聴いてみたいとかいう酔狂な人がいれば、メールしてみてくださいね。強制的にインチキプロモDVD & セルフライナー付きの特別仕様盤が、あなたのお手元に届くかもしれません。そんな人きっといないと思うけど(笑)

ちなみに活動休止中のPSYCHOMANIAさんですが、ガイキチ高速なドラマーと、小またの切れ上がった、キッチュな女性ベーシストとかが見つかり次第、活動再開します。今だと、コメツキバッタのようにジャンプする、テクニカルなギタリストとかも欲しいところです。あ、ギターの人はオルガンとかも弾けるとなお一層株が上がります。で、その上女の子だったりすると、もう、結婚して欲しい感じです。サイコマニアならぬ、せいこマニアとかって、松田聖子の超高速カバーばっかりしてみたりとか、他にも楽しいアイデアは満載です。とにかく若い女の子と、楽しくスタジオでキャッキャ、ウフフって、明るい練習とかライブがしてみたいです。
ちなみに私は自分の作った曲も忘れちゃてて、ギターとかついぞ弾いてないので、かなりのリハビリとかが必要となりますので、気の長い方がいいです。

空華という男。


だめだ、ぽ〜にょぽ〜にょぽにょさかなのこ〜♪ってのが頭をはなれねぇ、仕事をしていてもつい口づさんでる自分がいるぜって、そんな中、今日は99回目の更新だったりして、100回目はなんか面白いこと考えつかないかなとか、ついつい考えてしまうオジサンなのですが、なんか今日もぽにょが頭を離れないので、いきなり私の正面写真です。
XRADEのおかげでせっかく回ったカウンターも台無しになりそうな、フルテンションからご臨終ってな感じですが、もう、顔とか見られたところで、別にどーでもいいし、かまやしないんですが、やっぱ青少年とかにはキッついかもしれないので、モザイクを施してみました。というか、黒塗りのせいで余計にストロングさが倍増してしまいました。
金髪のモヒカンとか、一般生活でお目にかかることは極めて稀であろうと思われ、ましてや年末には齢41歳を迎えるのに、今だこのヘアー・スタイルなのには、皆さんの賛否も分かれるところでしょう。こんな男が毎日、毎日、せこせこと、考えられうるボキャブラリーを駆使しながら、丁寧な言葉使いで、ネチネチとした湿った文章を書いているとは、きっと想像がつかず、驚きと衝撃を持ってインパクトを与えるのは、想像に難くないと思います。その上ケータイ捜査官7に萌えだわ、ROOKIESなき後、ヤスコとケンジしか楽しみがなかったり、あまつさえ、プリキュアとかも観ている始末です。最近の好きなタレントは水川あさみです。ねっ、エネゴリくん。

ちなみにこの写真は少し前のモノなのですが、現在はもっとモヒカンの幅が狭く、エッジが効いてて、さらにストロングかつアグレッシヴです。金髪のモヒカンなんて、非常に金がかかりそうですが、実際のところ、全くもって経済的で、週に2回ほど、ヒゲ剃りと一緒に電気シェーバーでやっつけるだけで、それは非常にテクニカルかつハイスピードです。散髪には年1、2回ほど行くだけですし、ブリーチも自分で塗りたくって、こ一時間ほどヒリヒリすればいいだけなので、全く金がかかりません、実質700円未満。極貧生活にはうってつけです。
思えば、2002年のワールドカップの時からなので、もうかれこれ6年間、この髪型だったりします。当時、日本を席捲した、ベッカムさまがソフト・モヒカンなる、クソッこジャレたヘアー・スタイルをしていて、それに対するアンチテーゼといった趣で、ウチのお客さんに「モヒカンにソフトもハードもあるか、クソダラァッ! 俺が真のモヒカンっちゅうのを見せちゃんわいっ!グルァッ!!」的なやり取りが、そもそものきっかけです。実際の私生活での私はそんな話し方で、見た目通りの性格で、お金を落としてくれる人意外には、全く興味も愛想もありません。と、それは置いといて、ともかく、さらなるオシャレ小僧との差別化と、スピード感とポップさと追求するためには、さらに個性を際立たせることが必要であると考えた私は、スウェーデンのユングベリにインスパイアされて、赤紫に染髪したのですが、当時近所のファミマの可愛い店員さんに、「戸田のファンなんですね」ってニッコリ笑って言われちゃったので、赤紫のPunk meets Ljungbergを断念。金髪に落ち着いたのでした。
基本的に何かと面倒臭がりの私は、その経済的な面もさることながら、何もせずとも戦わずして勝てたりする楽勝っぷりが、非常に気に入っており、どこに行っても店員さんとか親切だし、立ち読みとかも実にゆっくりと、広いスペースでできたり、基本、お年寄り意外には誰にも話しかけられず、すごく快適です。しかし、お年寄りは本当に話しかけてきますね、なぜか。もちろんちゃんと答えてあげますよ、「これは楕円形脱毛症といって、真ん中以外髪生えない」とか、「俺は実はママがイギリス人で、パパがドイツ人なので、もともとこういう髪の色で、チン毛も金だ」とか、本当にキチンと話してあげます。
すっかり気に入っちゃって、今なお続くこの金髪のモヒカン、通称ネイティブ・アメリカン・サンセット・カラード・ロング・モホークは、現在では、ウチのガシャポン屋のお客さんからも、それが当然の姿かのごとく受け入れられ、まさに日常に溶け込んだイメージとなり、万一そのモヒカンが無くなったとき、それは大好きなバンドが解散してしまったかのような、多大なる失望と喪失感で受け止められるでしょう。って、他人のアタマなんぞ、そんな気にして見てる人はいねぇし、全くどーでもいい感じです。

というか、なんでこんなくっだらねぇ話だと、キーを叩く手が鬼のように走るのか、自分でもそのヨタ話の手腕にホレボレしますが、今日は本来、誰も興味はないかもしれませんが、私の人となりでも語っちゃおうかなとか思っていたのですが、モヒカンについてだけで、こんなに書いちゃったという体たらくです。私のHNの「くうげ」の意味だとか、私が小学校4年から、おこづかいでタバコを買っていたような、というか、小学6年生の頃は、おこづかいでジャンプと爆竹とロケット花火とタバコくらいしか買わなかったなとか、まぁ、そんな大の愛煙家で、タバコを取られると死んでしまうだとか、私の飲んでいる缶コーヒーは、サンガリアの炭焼珈琲微糖で、スーパーキッドだとなんと39円!、こりゃあ自動販売機なんかでジュースなんて買えないよねだとかって、やっぱどうでもいいようなくだらない話しなので、ま、いっか。そんな中、ちょっといいコト思いついたので、明日もなんかくだらない感じでいくと思うし。

Re
先週前半、かなり体調を壊してしまい、エライことだったのですが、仕事だけはどうにもできず、何とかこなしてきつつも、仕事と睡眠のみの生活は何かとストレスが溜まってしまい、で、体調も良くなったし、気も紛れるので、昨日あたりから更新再開しようかなって思ってた矢先、今度はおふくろが、目眩と吐き気で倒れてしまい、昨日は店も閉めちゃってた始末で、ほんとにもうね...なんか、呪われてんじゃないかと思ったりしますけど。もうほんと、近年はついてないですね。最近も特に。今、おふくろを病院から連れて帰り、人心地がついたので、これ書いたりしています。幸い、点滴を打って、大事にも至らず、今はかなり元気になってるので、心底ホッとしているところです。やっぱ、かなりまいってたのだろうなぁと思います。

ツいてないと言えば、Internet Explorerのホームの設定は、ニュースなども見たりするので、何の気なしに昔からYahooだったりするのですが、もう、山羊座の運勢がヒドイのなんのってね、ここしばらく、50点くらいをいったりきたりなもんで、気にはしないつもりなんですが、やっぱ何かと目に入るので、悪くても、せめて70点くらいにはしとけよとかって思いますよね。今日なんかも64点だし。良いほうでコレ。なんかiPhoneとかホークスとかまで、憎くなってくる感じです。頭にきたので、今、「今日の運勢」は蠍座に変えてます。蠍座92点。う〜ん、いいよね。私の誕生日は、押切もえちゃんと同じ日で、干支も私が一回り上で同じで、運勢を占ったりすると、何かと押切もえちゃんと同じだったりするみたいなので、彼女のことすら心配になりますね。ちなみに他の12月29日生まれの人は、 Mr.マリック、浜田省吾、 桜金造、岸本加世子、越前屋俵太、 鶴見辰吾、 浅井健一、加勢大周、とかだったりするのですが、なんだか、なんともいえないラインナップです。しかし個人的に悪い印象の人がいないなとか、思うのは、変な親近感があるからかもしれません。そんな中、Suicaのペンギンの作者で、絵本作家の坂崎千春さんという方が、私と同じ、1967年12月29日生まれだったりするので、マジで気をつけてほしいです。Yahooの運勢なんて、気にしないでね。

そんな中、更新お休みしている間も、ここを訪問して、様子を見に来てくださってた方、本当にすみませんでした。ボチボチですが、そろそろ再開したいなと思っています。
勝手に音源レビューのNikolaさん、話の途中で、なんか大変になってしまい、心配かけてスミマセンでした。気を使わせちゃって、申し訳ないです。また、Yukiさんも、迷惑とご心配おかけしました。
Melodic Hardcoreのヒロトさんをはじめ、メール等くださった方も、本当にありがとうございました。心に染みました。

私自身はもう大丈夫ですので、心配ご無用です。ただ、ひとつ心配なのは、最近、下の方の私自身が元気がないことだけです。
またボチボチとやらせていただこうかなと思っています。ヒマがあったら、覗いてやってください。

Ku-ge

POOCK


先日、10年来飼っていた愛犬を亡くしました。

10年間、常に当たり前のように、家族のように、いつも傍にいたので、その喪失感や悲しみは非常に重く、まるで心臓をつかまれているような、胸の苦しさを感じています。

以前にも、13年ほど飼っていた愛犬を亡くし、同様の経験をし、非常にキツい思いをしたのですが、いずれは、こういう日が来るのを理解していながらも、やはり、同じことを繰り返してしまいます。

動物は死んだときが可哀想なので、飼わないという方の話も、良く耳にするのですが、こうなってみると、そういった話も、少しは理解できるかもしれません。
しかし、動物が、はなから死ぬことを想定して飼う人間はいないし、動物を飼わないことには、家族を失ったような、身を切られるよう辛さや、心の痛みは、実感できません。
そしてなにより、飼っていた動物と過ごし、経験した、楽しく、得難い時間は、動物を飼うこと、そして、その動物と家族同様になることでしか、得られないと考えます。
だから、同じことを繰り返します。楽しい時間が長ければ、長いほど、密度が濃ければ、濃いほど、その反動がデカく、重く、キツく圧し掛かって来ても、同じことを繰り返してしまいます。
だからこそ、楽しい想い出の分だけの、大きな悲しみにも耐えなければなりません。

ただ、どうにも歳を重ねても、どんなに色んな経験をしても、悲しみというものに、慣れるということは、決して無いので、色んなことをフラットにするには、また少し時間がかかりそうです。

そんな状況もあり、今、少し音楽などを聴く気にもなれず、ここをご覧になってくれている方に、楽しんでいただけるような文章を書く自信もないので、少しの間、更新をお休みさせていただこうと思っています。

ほんとうは、この出来事や、文章を書くのも、ためらったのですが、ブログを始めてから、ほぼ毎日の更新を心掛けていたのが、それが思うようにできない状態にあるのもあり、またなによりも、メールやコメントなどを頂いて、ここを楽しみに覗いてくれている方、そんな、私のような人間の書く文章を、楽しみにしてくれていて、応援してもらっている方に、何も伝えないのも、どうなのかと思い、現状をお伝えしました。

皆さん、本当にごめんなさい。少しの間、お休みさせていただきます。
近いうちにまた、何事もなかったように、更新しますので、しばらくお待ちください。

Ku-ge

それでは、お天気、市川さ〜んっ!!
よっ、待ってましたと、思わず掛声が出そうになる、報道ステーションのお天気コーナー、市川さんコール。市川さん、あなたのおかげで、ボクは夜もテレ朝キッズで〜す。
大体、報道ステーション自体は、もうあらゆる面でその迂闊さとかが伝わってくるので、個人的にはどうにもこうにもコメントしかねるんですけどね。もう、長野智子が西へ東へで孤軍奮闘、可哀そうすぎ。そんな中、それでも、なぜに報道ステーションなのかというと、テレビ朝日アナウンサーにして、気象予報士(マジですか!)の市川寛子さんの御尊顔を拝見するのが、最大の目的だったりします。そのお天気コーナーのわずか数分間。それも、ほとんど画面は天気図。でも、そんなのおかまいなしさ、と、ひさかたぶりに満を持して始まる、パンク無関係のヨタ話は、私が市川アナウンサーへの、熱い想いを語るの巻です。

以前語ったように、私の女性の好みは、鋭く、キッつ〜いメガネ女(ツンデレ希望、筋肉質ならより一層Goo & 一見Sなのに隠れマゾ属性、希望職種/秘書、教師、警察官)、あと、家でもレースクイーンだとか、もしくは、ブロンドの外人(20代半ば〜後半)と、どちらにせよ、エロすぎるほどエロい女性が好みなのですが、そういった範疇には、全くと言ってもいいほど、当てはまってない、清楚で純粋そうな市川アナウンサーを、なぜだか、大好きだったりします。なぜかは全くわかりませんが、市川アナウンサーは私にとって、女性の好み界のINSPECTION 12かもしれません。

市川寛子。1979年4月1日生まれ、愛知県名古屋市出身。身長161cm。血液型AB型。 青山学院大学 経済学部 経済学科を卒業後、 2003年 テレビ朝日に入社。 特技は、けん玉。 気象予報士の試験に、3度目の挑戦で合格。 他にもアロマコーディネーターの資格を有する。性格は、のんびり。しかし目標を決めたらコツコツ進んでいくタイプ。以上、テレ朝ホームページだとか、報ステホームページだとか、Wikiとかより抜粋。ってどうですか、いつものレビューみたいじゃね?とか、ちゃんと調べてくるあたりに、私の変質的性分が、実によく現れています。というか、市川さん、特技一輪車じゃねぇの?なんか見たことあるんだけど、あれ、別のアナウンサーだったのか?ま、いっか。と斯様にいいかげんなところも私の特徴的な部分です。
大体、いろいろ言ってるくせに、たまに裏のリンカーンとか、嵐の番組とか見ちゃってるときもあるし、疲れてると飯食って、21時頃からソファーで爆睡しちゃったりするので、それほど血マナコになって追いかけてたり、DVDに録画したりとかもしません。でもって、長い時間見ようと思えば、土曜18時30分からの「二人の食卓」でも見れば、それこそ市川さんを長く見れるわけですが、土曜の夕方は「電脳コイル」です。もう、再放送も終わりそうですけど、デンスケのために泣いたりしないといけません。とまぁ、熱い想いを語るとか言っておきながら、アレなんですけどね。
でも、それでいいのです。大体、ポスター貼り散らかしたり、DVDに保存して、何度も繰り返し鑑賞するなど、所詮はまだ毛も生えそろってないような、チェリーな小僧のやることです。そこへいくと、オジサンなんて、最近いたるところの毛に白髪を発見して、ブルー入ったりだとか、酸いも甘いも噛み分けたオッサンなので、決してそんなヌルいことはしません。オジサンは常に一瞬に勝負をかけています。まさに刹那、そう刹那です。その短いお天気コーナーで、映し出されてはすぐ消える市川さんの姿と、天気図をバックに聞こえる素敵な声、その儚げで、たおやかな雰囲気をたま〜に堪能する、それこそ、たま〜に見るだけでいいんです。「おっ、今日は久々に市川さん見た、明日いいことあるんじゃね?」だとか、「やっぱ市川さんは癒されるよね、一日の疲れも吹き飛ぶわ。やっぱたまには見ないとね」ってなもんです。花を愛でるのに、見飽きるほど眺めてはいけません。車窓から通り過ぎていく、お花畑の風景を、もう一度来てみたいな、再び見てみたいなと思うことに、風情があり、粋があるわけですよ。って、何言ってんだろうという感じですな。
まぁ、ともかく、雨の日にカッパ姿で屋外から中継なんてことだと、俺が変わってやるぜ!だとか、河野さん、アンタ強そうだから、雨とか台風の日は、アンタが変わってやれよとか、そんな気持ちが湧きあがるほど、彼女に対しては、私の日頃のサディストな本性が、すっかり影を潜めてしまいます。あ、河野さんに行けよっつってるのはサドだからかもしれません。ま、いいか、そんなんどーでも。市川さんには、カッパさえも似合うのだから。

以前言っていた温めていたネタというのは、コレなんですが、タイトルのインパクトくらいしか、全く考えておらず、全て書き下ろしのため、けっこうな時間がかかってしまいました。朝の4時頃から書き始めたので、3時間以上かかっちゃった。削除依頼とか出てて、面白すぎる報道ステーションのWikiとか、眺めてたのが敗因か?なんか読み返してもかなりくだらねぇなとか、自分でも思うのに、これを目にする皆さんのトホホっぷりが目に浮かぶようです。まぁ、それにしても、時間とか、ひいては人生とか無駄に費やしちゃってるよねボク。ま、いっか。それでは、そろそろ次回あたりから、カナダ、メロディック・ハードコアの旅へ。