High-Speed-Flower
徹頭徹尾高速哀愁。HIGH-SPEED-FLOWER RECORDS レーベル情報、高速メロディックパンクを中心に、バンドや音源について書き連ねていきます。
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THE BLOOD -FALSE GESTURES FOR A DEVIOUS PUBLIC-


SUNSETDOWNの国内盤が、発売前から予約しているにも関わらず今だに来ません。どうしたらいい?PROPAGANDHIはちゃんと来るんかいな?ってかユニオンに頼めばよかったなとか後悔しています。とまぁ、ポンポンと新作をレビューしていこうかなとか思ってたんですが、何故か無性に聴きたくなって今聴いているという、THE BLOODとかかましてみる。まぁ、ここを見ている近代高速な人には、別にどうでもいいかもしんないです。まぁ、聴きたくなったので書いてみるシリーズ。

THE BLOODは'80年代前半のイギリスのバンドで、デビュー当初はOiパンクあたりにカテゴリーされていたバンドです。実際にそのサウンドは"Machinegun Etiquette"頃の第二期DAMNEDあたりのサウンドを持ったバンドです。'83年に2枚のシングルと、この1st.アルバム"False Gestures For A Devious Public"をリリース。また、同年、2nd.アルバム"Se Parare Nex"をリリースして、バンドは活動を停止。そして'88年に再結成してますが、鳴かんし、飛ばんかったようですね。ちなみにUK盤は近年再発されて、10曲のボートラ付きで、それは今でも新品で買えると思います。で、私の所有しているのは、SNUFFとかの流れで何故か当時、何故ここにコレ?的にリリースされた'91年のテイチク国内盤。リリース元がLINKレコードってアレもあるのでしょうが、かなりの力技とお見受けしました。で、当時、相当にイカレてる、いや、失敬、イカしてるテイチクさんは、'91年に彼らの初期デモやら、セッションやら、オムニバス収録曲を集めた、当時どこにそれを望んでいるのだか、およそ見当すらつかないという、マニア垂涎の編集アルバム"More Blood"ってのも発射してしまいます。こいつもちなみに'91年です。もちろんまんまと罠にはまって買いましたけど。こちらは初期のOi/ハードコアな荒削りなナンバーから、ちょいと腐りかけてるモノまでまんべんなく網羅されています。

で、このBLOODですが、当時('80年代ね)はこれでも、圧倒的なまでに高速感もバリバリに感じ、パンクとメタルを最も効果的に融合したバンドとかって、非常に高い評価を受けてました。確かに、このサウンドは当時としては、非常に斬新なものだったのだろうなという感じはします。しかし、彼らは決してアバンギャルドだったり、ニューウェーヴだったりとかでは全然なくて、パンクの王道からは大きく外れてるのに、そのくせなぜか非常にパンク然としていて、ドラムとかもヘタクソです。だが、それがいい。それでも、今聴いたりすると本当に思うのですが、全体的に圧倒的にB級丸出しなのに、素晴らしくアイデアと才能に満ちており、なのに一聴するだけで理解が可能であるという、このチンピラ・パンク感覚。Awesomeです。
なんともいえない大胆な曲展開や、ラッパや鍵盤などをフィーチャーするといった、当時のハードコアにあるまじき暴挙を、既にこの時点でやってのけているあたり、キ○ガイいや、もとい、奇跡的にアプローチの才を持っています。なのに何故にチンピラのようなパンクなのかというと、精一杯、力一杯に、ドラムが叩ける範囲で可能な限りブチ飛ばそうとするその楽曲と、ドス効きまくりにメロディアスな歌をガナリ立てるボーカルと、それに被さる強烈なユニゾンのコーラス、ユニゾンって時点で、もはやコーラスではなく、全員ボーカルのせいです。一歩間違うとゴスってみたり、サイケたり、メタったりするところを、彼らは寸分も間違うことなく、パンクへと修正してきます。いや、その歌とか、すっ転びそうなリズムで。その全てにおいて、大胆、豪快、自由という、その有様は、まさにパンク以外の何物でもありません。
そんなこと言いつつ、彼らは曲によっては、たまらなくメロディアスだったり、素晴らしくセンスの溢れるリフやアレンジをかましたりもします。いや、どうでもいいだろうとか言いつつも、ぜひとも若い人、特にバンドやってる子とかには聴いてもらいたいバンドなんですけどね。どう言うのか本当に聞いてみたいです。

思えば、このTHE BLOODも、ABRASIVE WHEELSなんかとともに、圧倒的なまでに早すぎたメロディック・ハードコア・パンクバンドだったのかもしれません。この今の時代に、近代アプローチでもって、いや、別に近代アプローチなんてどうでもいいんですけど、BLOODやABRASIVE WHEELSのカバーなんかをやってくれるバンドなんかいねぇかなとか思うんですけどね。まぁ、無理だろうな... あっ!そうだ、ゾリさん、ゾリさ~んっ、NOW OR NEVERで...

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THE DICKIES -THE INCREDIBLE SHRINKING DICKIES-
The Incredible Shrinking DickiesThe Incredible Shrinking Dickies

The Dickies


ルーツ・オブ・USメロディックといった感じで、少しUSメロディックに触れていきます。長丁場になるかどうかは私の集中力次第ですが、まぁ、そこそこ頑張りたいなと。まずは、LAパンクを代表して、今も活動してるPOPパンクの祖、THE DICKIESです。
THE DICKIESは、REZILLOSと同じく、現在のポップ・パンク、ファン・パンクの元祖ともいえるバンドで、それはもう、70年代の後半登場した時から、おバカで、POPで、キッチュで最高です。当時、US、UKのシーンとも、ストイックで、シリアスなパンクが多い中、彼らは、キーボードやホーンなどもフィーチャーした、底抜けに明るく、ポップなナンバーで、シリアスなパンクシーンを風穴を開けます。今聴くと、断然にポップに聞こえるはずのRAMONESでさえ、彼らに比べるとハードに聞こえるほどに、THE DICKIESのポップ具合は、ポップに過ぎます。彼らの演奏する、ハイスピードで、メロディアスで、2分弱のポップ短小早漏ナンバーの数々は、今聴いても、かなりブッ飛んでます。彼らの抜群のポップセンスと、ユーモアのセンスは、本当に痛快です。
また、彼らは初期から、カバー・ソングも積極的に演奏しており、そのカバーの数々は、彼らによる、ポップ化と、ハイスピード化が加えられ、実にユニークなアレンジで、原曲を破壊しています。そんな彼らのカバーソングは、パンク・リスナー以外の方にもウケがいいようで、、彼らのカバーソングは、SNUFFなどと同様に、パンクシーン以外でも取り上げられているのを見かけます。しかし、そういったカバーを、既に70年代からやらかしてるあたりに、DICKIESの、そのセンスの凄まじさを感じます。THE DICKIESは、ポップ・パンクの元祖であるとともに、高速パンク・カバーの先駆者でもあるのです。

DICKIESは、1977年に結成。彼らはDAMNEDの米国ツアーを見て、それにインスパイアされ結成したとも言われています。そして、1979年に彼らのデビューアルバム、この"The Incredible Shrinking Dickies"をリリース。このアルバムには、前述した彼らの魅力が、最大限に凝縮されており、1st.アルバムにして、まさに最高傑作とも言える一枚です。
また、前述したカバーも盛り込まれており、中でもブラック・サバスの"Paranoid"は、原曲を45回転にすると、DICKIESバージョンになると、もっぱら話題になりました。しかし、ブラック・サバスにモンキーズにバリー・マグガイアですよ、チョイスが。現在入手可能なCD盤には、さらに、ボーナストラックとして、クリスマス・シングルとしてリリースされた"Silent Night"や、サイモン&ガーファンクルの"Sounds Of Silence"も収録されており、私は"Sounds Of Silence"のスタジオテイクを持っていなかったため、CDを買いなおしました。それほどまでに彼らのカバーは魅力的です。
とにもかくにも、このアルバム、1曲目"Give It Back"から、ブッ飛ばされます。キーボードを大胆にフィーチャーし、当時としては最高の速度を誇ると言える、カッコいい曲に乗る、アニメのような声、回転数を上げたおバカコーラス、もう、カッコいいことこの上なしです。そして、続く"Poodle Party"ではワンコの鳴き真似全開コーラスで、以降も、プープー言ったり、ピーポー言ったりと、ご陽気で、スピード感溢れる、SILLYで、POPな、DICKIES WORLDが次々と展開され、聞く者をおバカポップの大海原に、縛り付けたままフリチンで叩き込みます。今話題の羞恥心とかは、ぜひ彼らの"Poodle Party"の日本語カバーをアルバムに入れたり、"Banana Splits"のカバーやって、バナナをマイクに、バナナの着ぐるみを着て、デカいバナナを放り投げながら、転げ回ったらとても素敵だと思います。
DICKIESは次作、"Dawn Of The Dickies"では、多少スピード感と、バカさ加減を抑えつつも、ポップ街道をひた走るわけですが、その2nd.を最後にキーボードやサックスも担当していた、ドラムのChuck Wagonが、アル中による自殺か何かで、亡くなってしまい、'83年の3rd."Stukas Over Disneyland"は、Chuck Wagonが在籍した'80年にレコーディングされた4曲と、Vo、G以外のメンバーを一新した、新メンバーによる曲を合わせた作品として、リリースされましたが、やはり、初期のハジケ具合といった感は、なりを潜めてしまい、随分と普通のポップになってしまった感があります。そして、以降、迷走と不遇の時代を迎える事になります。

THE DICKIESは、後にUSポップ&メロディック・パンクの雄、ALL/DESCENDENTSなどにも多大な影響を与えたことが窺い知れ、また、近作は、FATからリリースされるなど、後のUS POP PUNK/MELODIC HARDCOREに、大きな道標を刻み、多大な功績を残しました。また、ドイツのGIGANTERや、スウェーデンのSTUKASなど、世界中にフォロワーや、ファンもいます。そしてなにより、DAMNED等と同じく、形を変えこそすれど、21世紀に生き残っている事実こそ、THE DICKIESの類稀なるポップ・センスと、多くのパンクスに愛された証ではないでしょうか。

THE DICKIES Official http://www.thedickies.com/
THE DICKIES MySpace http://www.myspace.com/dickiesband

THE REZILLOS -CAN'T STAND THE REZILLOS-
Can't Stand the Rezillos: The (Almost) Complete RezillosCan't Stand the Rezillos: The (Almost) Complete Rezillos

The Rezillos


THE REZILLOSは1976年、スコットランドで結成、1978年まで活動をしていたバンドで、あまりパンクの範疇でも、語られることは少なく、どちらかというと、イロモノ的な見方で捉えられるほうが多いといった、バンドな気がしますが、この'78年の1st."Can't Stand The Rezilos"では、実にポップで、実にメロディアスな曲をプレイし、今日のメロディック、ポップ・パンクといったシーンにも、通じる、ルーツ的なモノを感じ取れ、おそらく、ファン・パンクというカテゴライズであれば、その祖となるであろう一枚と思います。
そのサウンドも、ベースが、ラインを捻り回し、ブンブン唸っていたりと、実にクールなプレイは非常にパンクで、また男女のツインボーカルという、当時も今も、かなり珍しいバンド形態で、まさにポップかつ、パンクかつ、斬新なロックンロールでした。また、みんなで集まりバカ騒ぎ的な、雰囲気は、これぞファン・パンクといえる趣で、どこかアメリカ的な、陽気さや能天気さを感じるところなど、UKのパンク・バンドであるにもかかわらず、また、その時代からしても、かなりブッ飛んで、突出した存在だったと思います。ちなみに、このアルバムはニューヨークでレコーディングされたそうです。

私がREZILLOSを聴いたのは、オリジナル・パンクの様々なバンドをかなり聴いて、ハードコアさえも通過しようとしていた頃だったと記憶しており、そう思うと、かなり遅かったのではないかと思います。
今、タレントとして大活躍のユースケ・サンタマリアが、地元でパンク・バンドをやっていたというのは、彼自身、テレビなどで述べていますが、彼の故郷、大分は私の地元でもあります。また、彼は私の3、4つくらい下なので、当然、活動時期が被るため、ユースケの所属していた、THE NUTTIESというバンドとは、しょっちゅう、一緒にLIVEをしていました。また、THE NUTTIESのベーシストは、ウチのバンドのヘルプとかしてくれてた時期もあり、また、そのベースの子のお姉ちゃんが、私の中学の時の同級生だったり、、私が最初の会社を、ブチ切れて退社したとき、ユースケの弟がバイトで来てたりと、なにかと浅からぬ縁があったりします。まぁ、テッキンの時の話もそうですが、本当に大分は狭いです。その上、パンクバンドやってたりすると、さらに狭くなります。と、まぁ、話が横道に反れましたが、そのTHE NUTTIESが、REZILLOSのカバーをお得意のナンバーにしていました。特に当時、交流の深かった、年齢も一番近いベースの彼とは、音源のやり取りもよくしており、その彼の超オススメが、このREZILLOSでした。まぁ、ベーシストであれば、大好きなのはもっともだと思います。それこそ、少し敬遠してた感すらあるREZILLOSを、ちゃんと聴き、その音に納得やら、感心できたのは、THE NUTTIESのおかげです。THE NUTTIESは、こういったREZILLOSや、999、RACHEL SWEETなどのポップなサウンドを好み、バンド・サウンドをリズム隊の二人がコントロールし、そこにユースケの、今とほぼ変わらない、陽気で、ユニークなキャラクターを生かした、ステージングを展開して、それはまさに、ファン・パンクそのものといった感じでした。当時から、暗くて、湿って、高速な私のバンドがあっと言う間に、彼らに追い抜かれたのは言うまでもありません。
ともすれば、こういったポップな音を敬遠したままで、変に凝り固まった音楽性を持ったまま、年齢を重ねていたかもしれない私が、今では結構幅広く、寛容に、ある程度フレキシブルな耳を持てるようになったのも、けっこう、彼らのおかげなのかもしれません。と、ふと思い出したことを書いたりしてるウチに、REZILLOSじゃなくて、THE NUTTIESのレビューになってます。

そんな中、そうです、REZILLOSです。メンバーは「音楽なんて、真剣にやったことなんて一度もない」とか、言っていたそうですが、そのフザけた姿勢とビジュアルは、当時の彼らの音楽性とは反比例しており、"Can't Stand The Rezilos"における、メロディーもきちんとあり、ポップなロックンロール・パンクの数々は、当時的には新型ロックン・ロールといった趣で、実に素晴らしい限りです。今、もし何かの間違いで私がバンドをやるようなことがあれば、"Somebody's Gonna Get Their Head Kicked in Tonight"とか、絶対カバーしたいと思います、3倍速で。また、その他、男女のボーカルが交互に顔を出したり、その特殊な編成を生かした、キッチュで魅力的なナンバーが、多く収録されています。
現在入手可能な、"Can't Stand The Rezilos:The (Almost) Complete Rezillos"では、アルバム未収録のシングルや、UKのみで'79年にリリースされたライブアルバムの音源も収録された、かなりのUltimate仕様です。
そんな秘めたる高い音楽性と、ポップ(?)なキャラクターも手伝ってか、彼らは、見事にブレイクも果たし、アメリカにも進出し、ある程度の成功をおさめるのですが、その後、所属レコード会社のとモメたり、さらにはバンド内でもモメることが多かったようで、その後、バンド名もREVILLOSと変え、ルックスやイメージも、さらに宇宙までブッ飛んだかのごとくなり、姿を消していきます。

近代カテゴライズでは、パワー・ポップといった類に、当てはめられてもおかしくはないようですが、私的には、この"Can't Stand The Rezilos"そして、REZILLOS名義の彼らは、パンクの範疇で語りたい、ポップ・パンク、ファン・パンクの祖であると、思いたいものです。
ていうか、最近、私は少しセンチメンタルだなぁとか思ったりして、なんか昔のこととか思い出したりするのって、「俺って死ぬんじゃね?」とか、よからぬ事も予感せずにはいられない、40代は、もはや初老です。
それでは、死なないウチに次回から、ルーツ・オブ・USメロディックにでも、取りかかりましょうかにょ。

THE REZILLOS Official http://www.rezillos.com/
THE REZILLOS Myspace http://www.myspace.com/officialrezillos

THE DAMNED -MACHINE GUN ETIQUETTE-
Machine Gun EtiquetteMachine Gun Etiquette

The Damned


このブログをはじめて一ヶ月が経過しました。というわけで初心に帰り、DAMNEDでもということで、1st."Damned Damned Damned"と並び、非常に高い評価を得ている、DAMNEDの'79年リリースの3rd.アルバム"Machine Gun Etiquette"です。
いわゆる、DAMNEDの第二期が、ここから幕を開けるのですが、商業的にも、鳴かず飛ばずの結果になってしまった、あまり評判も芳しくない、2nd."Music for Pleasure"リリース後、バンドは一時分裂、メイン・ソング・ライターで、ギタリストのブライアン・ジェイムスが脱退し、キャプテン・センシブルがベースをギターに持ち替え、ベースにアージー・ワード(元セインツでしたっけ?)を迎え、'79年初頭に再編成されるわけですが、以前のサウンドの要でもあった、ブライアンが抜けたことにより、その音楽性も大きく変化していきます。そして、以降の彼らの、イニシアチブを握るのが、キャプテン・センシブルです。まさにこの、"Machine Gun Etiquette "は、キャプテンがその本領を発揮し、彼の思いつくままに、ステキセンスを炸裂させています。

荒っぽいロックンロールという、以前の彼らのサウンドが、この"Machine Gun Etiquette"から、よりメロディアスな路線を模索し始め、また、サウンド的にも、その向上した演奏力も伴い、様々なアプローチが見られるようになりました。それは当然、"Damned Damned Damned"での高速ロックンロール的パンクとは、その質感が大幅に異なるのですが、それでも、DAMNEDのパンク的魅力といったものは、この"Machine Gun Etiquette"からも、充分に窺がえ、キャプテン・センシブルによる、センシティブなパンクの進化といった趣の、実にバランスのとれたサウンド・チェンジは、この"Machine Gun Etiquette"を"Damned Damned Damned"とともに、傑作と評する人が、非常に多い理由だと思います。

初期の名曲"New Rose"と並び評される、グレイト・パンク・ナンバー、"Love Song"は、その第二期の幕を開ける、このアルバムのオープニングを飾るに相応しい、スピード・チューンの名曲で、音楽性を向上させた上、パンクをも体現しているという、初期とはまた違った勢いの、当時のDAMNEDのパンクバンドとしての、アグレッシヴさが窺がえます。また、タイトル曲"Machine Gun Etiquette(Second Time Around)"では、当時、顔を覗かせ始めていた、ハードコア的なアプローチを取っており、また、その他にもオルガンをフィーチャーしたり、そこはかとなくサイケな香りを漂わせたりと、実験的なアプローチを、実にいろいろとヤリ放題です。また、MC5の"Loocking At You"をカバーするなど、もともとMC5自体が、パンク・テイストを持ったハード・ロックといった感じなのですが、それにしても、この時点で既に、現代のような、「パンクとメタルの融合」的突飛な発想ができる自体、実に驚かされます。
このアルバム以降も、DAMNEDは、そのアルバムごとに、そして時代ごとに、様々に音楽性を変えていくのですが、それは時に非常にバランスが悪かったり、パンクでなかったりもします。そういった意味でも、この"Machine Gun Etiquette"は、パンクと、その音楽性の進化とが、絶妙なバランスを保っており、パンク以外のリスナーも意識しつつも、パンク以外の何物でもないといった、一枚に仕上がっていると思います。

オリジナル・パンクが出現したとき、誰一人として、DAMNEDが21世紀まで、生き延びていようとは、想像だにしなかったと思いますが、その形を変えこそすれ、しぶとく生き残っていく、DAMNEDと、キャプテン・センシブルの生命力は、こういった先見の明的な、卓越したセンスに裏打ちされているのかもしれません。
それにしても、'01年にNITROよりリリースされた、"Grave Disorder"のオープニングを飾る、パンク・ナンバー、"Democracy"の、その変わり身も、迎合もへったくれもない、開き直ったOFFSPRINGっぷりには、ひっくり返りました。

ABRASIVE WHEELS -BLACK LEATHER GIRL-
Black Leather GirlBlack Leather Girl

Abrasive Wheels


そのジャケットは、当時のハードコアバンドが、誰もチョイスしないであろう、ある意味軟弱とも受け取れる、デザインかもしれません。また、裏ジャケの写真は、確かにハードコアパンクスなのですが、メンバー二人がピンクのモヒカンで、どことなく愛嬌のあるルックス、記念写真のような佇まいが、なんともいえない雰囲気を醸し出しています。そのルックスもさることながら、彼らの音は、現代のメロディックハードコアの元祖とでもいうべき、ポップかつ、メロディアスなもので、まさにあらゆる意味で「異端」だったのだと思います。

80年代前半、オリジナルパンク以降、台頭してきたパンクは既に細分化しつつあり、その主流は、高速フレーズに、ガナり立てる(と言えばよいでしょうか)、いわゆるストロングスタイルの、「ハードコアパンク」と、キャッチーなメロディーと、コーラスワークを、オーディエンスのパンクス達と共有する「Oiパンク」(Oiはいわば、掛け声)というスタイルでした。
現代でこそ、ABRASIVE WHEELSは、Oiパンクにカテゴライズされていますが、その音楽性を、当時のカテゴリーに当てはめるのは、かなり乱暴な感じもします。時にパンクの枠すらハミだしそうな、そのあまりにキャッチーで、メロディアスな彼らの音楽性は、ハードコアも、Oiも、その呼称が、しっくりと馴染みません。しかしそれこそが、当時のイギリスのパンクシーンでも、異端であった、彼ら独自の音楽性を証明していると言えます。

81年リリースの1stアルバム"When the Punks Go Marching in"は、ハードコア色が、強く前面に出ていますが、ポップ性や、キャッチーさは、既に、この頃から色濃く感じられ、タイトルの「聖者が街にやってくる」のカバーなど、ポップなアイデアが随所に散りばめられ、当時の他のハードコアより、かなり聞き易いと思います。
そして、84年リリースの、2nd"Black Leather Girl"。このアルバムは、そのシーンにありながら、ハードコアパンクと呼べるモノではなかったかもしれません。むしろアプローチ的にはハノイロックスとかが、近い印象かもしれません。プレスリーの「監獄ロック」のカバーなど、ロックンロール色も強く、誰もが初めて聞いた時、パンクロックと認識することが、できるかどうかもわかりません。しかし私は、彼らの、少し哀愁を帯びた、メロディーが、アップテンポのロックンロールの乗り疾走する、このアルバムが大好きです。そして、パンクであると、信じて疑いません。

今も圧倒的な支持を受ける、SNUFFも、ABRASIVE WHEELSからのインスパイアを、雑誌のインタビューで語っているのを、目にしたことがあります。また、日本のインディーズブームの立役者であったLAUGHIN' NOSEも、彼らからの多大な影響を公言していました。
ABRASIVE WHEELSの登場は早すぎたのかもしれません。しかし、彼らの音楽性は、後の素晴らしいパンクバンドに影響を与え、そして、現在のメロディックハードコアの、礎の一つとなっている思います。
そして、2008年。これを書くまで、全く知らなかったのですが、彼らは、現在も活動中のようで、なんと今年、ニューアルバム(!!)のリリース予定があるそうです。彼らのmyspaceで、"Black Leather Girl"のオープニングナンバー"Maybe Tomorrw"のニューバージョンが聴けます。また、ひとつ楽しみが増えた気がします。

ものすごく余談ですが、私の持っている"Black Leather Girl"は、Vapの日本盤のアナログで、今、大人気のコミック「デトロイト・メタル・シティ」の4巻に出てくる、今は亡き、大分のリズムレコードで買いました。

ABRASIVE WHEELS - official site http://www.abrasivepunk.com/

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