High-Speed-Flower
高速メロディックパンクを中心に、メジャーから激マイナーまで、バンドや音源について書き連ねちゃったりしていきます。
THE DICKIES -THE INCREDIBLE SHRINKING DICKIES-
The Incredible Shrinking DickiesThe Incredible Shrinking Dickies

The Dickies


ルーツ・オブ・USメロディックといった感じで、少しUSメロディックに触れていきます。長丁場になるかどうかは私の集中力次第ですが、まぁ、そこそこ頑張りたいなと。まずは、LAパンクを代表して、今も活動してるPOPパンクの祖、THE DICKIESです。
THE DICKIESは、REZILLOSと同じく、現在のポップ・パンク、ファン・パンクの元祖ともいえるバンドで、それはもう、70年代の後半登場した時から、おバカで、POPで、キッチュで最高です。当時、US、UKのシーンとも、ストイックで、シリアスなパンクが多い中、彼らは、キーボードやホーンなどもフィーチャーした、底抜けに明るく、ポップなナンバーで、シリアスなパンクシーンを風穴を開けます。今聴くと、断然にポップに聞こえるはずのRAMONESでさえ、彼らに比べるとハードに聞こえるほどに、THE DICKIESのポップ具合は、ポップに過ぎます。彼らの演奏する、ハイスピードで、メロディアスで、2分弱のポップ短小早漏ナンバーの数々は、今聴いても、かなりブッ飛んでます。彼らの抜群のポップセンスと、ユーモアのセンスは、本当に痛快です。
また、彼らは初期から、カバー・ソングも積極的に演奏しており、そのカバーの数々は、彼らによる、ポップ化と、ハイスピード化が加えられ、実にユニークなアレンジで、原曲を破壊しています。そんな彼らのカバーソングは、パンク・リスナー以外の方にもウケがいいようで、、彼らのカバーソングは、SNUFFなどと同様に、パンクシーン以外でも取り上げられているのを見かけます。しかし、そういったカバーを、既に70年代からやらかしてるあたりに、DICKIESの、そのセンスの凄まじさを感じます。THE DICKIESは、ポップ・パンクの元祖であるとともに、高速パンク・カバーの先駆者でもあるのです。

DICKIESは、1977年に結成。彼らはDAMNEDの米国ツアーを見て、それにインスパイアされ結成したとも言われています。そして、1979年に彼らのデビューアルバム、この"The Incredible Shrinking Dickies"をリリース。このアルバムには、前述した彼らの魅力が、最大限に凝縮されており、1st.アルバムにして、まさに最高傑作とも言える一枚です。
また、前述したカバーも盛り込まれており、中でもブラック・サバスの"Paranoid"は、原曲を45回転にすると、DICKIESバージョンになると、もっぱら話題になりました。しかし、ブラック・サバスにモンキーズにバリー・マグガイアですよ、チョイスが。現在入手可能なCD盤には、さらに、ボーナストラックとして、クリスマス・シングルとしてリリースされた"Silent Night"や、サイモン&ガーファンクルの"Sounds Of Silence"も収録されており、私は"Sounds Of Silence"のスタジオテイクを持っていなかったため、CDを買いなおしました。それほどまでに彼らのカバーは魅力的です。
とにもかくにも、このアルバム、1曲目"Give It Back"から、ブッ飛ばされます。キーボードを大胆にフィーチャーし、当時としては最高の速度を誇ると言える、カッコいい曲に乗る、アニメのような声、回転数を上げたおバカコーラス、もう、カッコいいことこの上なしです。そして、続く"Poodle Party"ではワンコの鳴き真似全開コーラスで、以降も、プープー言ったり、ピーポー言ったりと、ご陽気で、スピード感溢れる、SILLYで、POPな、DICKIES WORLDが次々と展開され、聞く者をおバカポップの大海原に、縛り付けたままフリチンで叩き込みます。今話題の羞恥心とかは、ぜひ彼らの"Poodle Party"の日本語カバーをアルバムに入れたり、"Banana Splits"のカバーやって、バナナをマイクに、バナナの着ぐるみを着て、デカいバナナを放り投げながら、転げ回ったらとても素敵だと思います。
DICKIESは次作、"Dawn Of The Dickies"では、多少スピード感と、バカさ加減を抑えつつも、ポップ街道をひた走るわけですが、その2nd.を最後にキーボードやサックスも担当していた、ドラムのChuck Wagonが、アル中による自殺か何かで、亡くなってしまい、'83年の3rd."Stukas Over Disneyland"は、Chuck Wagonが在籍した'80年にレコーディングされた4曲と、Vo、G以外のメンバーを一新した、新メンバーによる曲を合わせた作品として、リリースされましたが、やはり、初期のハジケ具合といった感は、なりを潜めてしまい、随分と普通のポップになってしまった感があります。そして、以降、迷走と不遇の時代を迎える事になります。

THE DICKIESは、後にUSポップ&メロディック・パンクの雄、ALL/DESCENDENTSなどにも多大な影響を与えたことが窺い知れ、また、近作は、FATからリリースされるなど、後のUS POP PUNK/MELODIC HARDCOREに、大きな道標を刻み、多大な功績を残しました。また、ドイツのGIGANTERや、スウェーデンのSTUKASなど、世界中にフォロワーや、ファンもいます。そしてなにより、DAMNED等と同じく、形を変えこそすれど、21世紀に生き残っている事実こそ、THE DICKIESの類稀なるポップ・センスと、多くのパンクスに愛された証ではないでしょうか。

THE DICKIES Official http://www.thedickies.com/
THE DICKIES MySpace http://www.myspace.com/dickiesband

THE REZILLOS -CAN'T STAND THE REZILLOS-
Can't Stand the Rezillos: The (Almost) Complete RezillosCan't Stand the Rezillos: The (Almost) Complete Rezillos

The Rezillos


THE REZILLOSは1976年、スコットランドで結成、1978年まで活動をしていたバンドで、あまりパンクの範疇でも、語られることは少なく、どちらかというと、イロモノ的な見方で捉えられるほうが多いといった、バンドな気がしますが、この'78年の1st."Can't Stand The Rezilos"では、実にポップで、実にメロディアスな曲をプレイし、今日のメロディック、ポップ・パンクといったシーンにも、通じる、ルーツ的なモノを感じ取れ、おそらく、ファン・パンクというカテゴライズであれば、その祖となるであろう一枚と思います。
そのサウンドも、ベースが、ラインを捻り回し、ブンブン唸っていたりと、実にクールなプレイは非常にパンクで、また男女のツインボーカルという、当時も今も、かなり珍しいバンド形態で、まさにポップかつ、パンクかつ、斬新なロックンロールでした。また、みんなで集まりバカ騒ぎ的な、雰囲気は、これぞファン・パンクといえる趣で、どこかアメリカ的な、陽気さや能天気さを感じるところなど、UKのパンク・バンドであるにもかかわらず、また、その時代からしても、かなりブッ飛んで、突出した存在だったと思います。ちなみに、このアルバムはニューヨークでレコーディングされたそうです。

私がREZILLOSを聴いたのは、オリジナル・パンクの様々なバンドをかなり聴いて、ハードコアさえも通過しようとしていた頃だったと記憶しており、そう思うと、かなり遅かったのではないかと思います。
今、タレントとして大活躍のユースケ・サンタマリアが、地元でパンク・バンドをやっていたというのは、彼自身、テレビなどで述べていますが、彼の故郷、大分は私の地元でもあります。また、彼は私の3、4つくらい下なので、当然、活動時期が被るため、ユースケの所属していた、THE NUTTIESというバンドとは、しょっちゅう、一緒にLIVEをしていました。また、THE NUTTIESのベーシストは、ウチのバンドのヘルプとかしてくれてた時期もあり、また、そのベースの子のお姉ちゃんが、私の中学の時の同級生だったり、、私が最初の会社を、ブチ切れて退社したとき、ユースケの弟がバイトで来てたりと、なにかと浅からぬ縁があったりします。まぁ、テッキンの時の話もそうですが、本当に大分は狭いです。その上、パンクバンドやってたりすると、さらに狭くなります。と、まぁ、話が横道に反れましたが、そのTHE NUTTIESが、REZILLOSのカバーをお得意のナンバーにしていました。特に当時、交流の深かった、年齢も一番近いベースの彼とは、音源のやり取りもよくしており、その彼の超オススメが、このREZILLOSでした。まぁ、ベーシストであれば、大好きなのはもっともだと思います。それこそ、少し敬遠してた感すらあるREZILLOSを、ちゃんと聴き、その音に納得やら、感心できたのは、THE NUTTIESのおかげです。THE NUTTIESは、こういったREZILLOSや、999、RACHEL SWEETなどのポップなサウンドを好み、バンド・サウンドをリズム隊の二人がコントロールし、そこにユースケの、今とほぼ変わらない、陽気で、ユニークなキャラクターを生かした、ステージングを展開して、それはまさに、ファン・パンクそのものといった感じでした。当時から、暗くて、湿って、高速な私のバンドがあっと言う間に、彼らに追い抜かれたのは言うまでもありません。
ともすれば、こういったポップな音を敬遠したままで、変に凝り固まった音楽性を持ったまま、年齢を重ねていたかもしれない私が、今では結構幅広く、寛容に、ある程度フレキシブルな耳を持てるようになったのも、けっこう、彼らのおかげなのかもしれません。と、ふと思い出したことを書いたりしてるウチに、REZILLOSじゃなくて、THE NUTTIESのレビューになってます。

そんな中、そうです、REZILLOSです。メンバーは「音楽なんて、真剣にやったことなんて一度もない」とか、言っていたそうですが、そのフザけた姿勢とビジュアルは、当時の彼らの音楽性とは反比例しており、"Can't Stand The Rezilos"における、メロディーもきちんとあり、ポップなロックンロール・パンクの数々は、当時的には新型ロックン・ロールといった趣で、実に素晴らしい限りです。今、もし何かの間違いで私がバンドをやるようなことがあれば、"Somebody's Gonna Get Their Head Kicked in Tonight"とか、絶対カバーしたいと思います、3倍速で。また、その他、男女のボーカルが交互に顔を出したり、その特殊な編成を生かした、キッチュで魅力的なナンバーが、多く収録されています。
現在入手可能な、"Can't Stand The Rezilos:The (Almost) Complete Rezillos"では、アルバム未収録のシングルや、UKのみで'79年にリリースされたライブアルバムの音源も収録された、かなりのUltimate仕様です。
そんな秘めたる高い音楽性と、ポップ(?)なキャラクターも手伝ってか、彼らは、見事にブレイクも果たし、アメリカにも進出し、ある程度の成功をおさめるのですが、その後、所属レコード会社のとモメたり、さらにはバンド内でもモメることが多かったようで、その後、バンド名もREVILLOSと変え、ルックスやイメージも、さらに宇宙までブッ飛んだかのごとくなり、姿を消していきます。

近代カテゴライズでは、パワー・ポップといった類に、当てはめられてもおかしくはないようですが、私的には、この"Can't Stand The Rezilos"そして、REZILLOS名義の彼らは、パンクの範疇で語りたい、ポップ・パンク、ファン・パンクの祖であると、思いたいものです。
ていうか、最近、私は少しセンチメンタルだなぁとか思ったりして、なんか昔のこととか思い出したりするのって、「俺って死ぬんじゃね?」とか、よからぬ事も予感せずにはいられない、40代は、もはや初老です。
それでは、死なないウチに次回から、ルーツ・オブ・USメロディックにでも、取りかかりましょうかにょ。

THE REZILLOS Official http://www.rezillos.com/
THE REZILLOS Myspace http://www.myspace.com/officialrezillos

THE DAMNED -MACHINE GUN ETIQUETTE-
Machine Gun EtiquetteMachine Gun Etiquette

The Damned


このブログをはじめて一ヶ月が経過しました。というわけで初心に帰り、DAMNEDでもということで、1st."Damned Damned Damned"と並び、非常に高い評価を得ている、DAMNEDの'79年リリースの3rd.アルバム"Machine Gun Etiquette"です。
いわゆる、DAMNEDの第二期が、ここから幕を開けるのですが、商業的にも、鳴かず飛ばずの結果になってしまった、あまり評判も芳しくない、2nd."Music for Pleasure"リリース後、バンドは一時分裂、メイン・ソング・ライターで、ギタリストのブライアン・ジェイムスが脱退し、キャプテン・センシブルがベースをギターに持ち替え、ベースにアージー・ワード(元セインツでしたっけ?)を迎え、'79年初頭に再編成されるわけですが、以前のサウンドの要でもあった、ブライアンが抜けたことにより、その音楽性も大きく変化していきます。そして、以降の彼らの、イニシアチブを握るのが、キャプテン・センシブルです。まさにこの、"Machine Gun Etiquette "は、キャプテンがその本領を発揮し、彼の思いつくままに、ステキセンスを炸裂させています。

荒っぽいロックンロールという、以前の彼らのサウンドが、この"Machine Gun Etiquette"から、よりメロディアスな路線を模索し始め、また、サウンド的にも、その向上した演奏力も伴い、様々なアプローチが見られるようになりました。それは当然、"Damned Damned Damned"での高速ロックンロール的パンクとは、その質感が大幅に異なるのですが、それでも、DAMNEDのパンク的魅力といったものは、この"Machine Gun Etiquette"からも、充分に窺がえ、キャプテン・センシブルによる、センシティブなパンクの進化といった趣の、実にバランスのとれたサウンド・チェンジは、この"Machine Gun Etiquette"を"Damned Damned Damned"とともに、傑作と評する人が、非常に多い理由だと思います。

初期の名曲"New Rose"と並び評される、グレイト・パンク・ナンバー、"Love Song"は、その第二期の幕を開ける、このアルバムのオープニングを飾るに相応しい、スピード・チューンの名曲で、音楽性を向上させた上、パンクをも体現しているという、初期とはまた違った勢いの、当時のDAMNEDのパンクバンドとしての、アグレッシヴさが窺がえます。また、タイトル曲"Machine Gun Etiquette(Second Time Around)"では、当時、顔を覗かせ始めていた、ハードコア的なアプローチを取っており、また、その他にもオルガンをフィーチャーしたり、そこはかとなくサイケな香りを漂わせたりと、実験的なアプローチを、実にいろいろとヤリ放題です。また、MC5の"Loocking At You"をカバーするなど、もともとMC5自体が、パンク・テイストを持ったハード・ロックといった感じなのですが、それにしても、この時点で既に、現代のような、「パンクとメタルの融合」的突飛な発想ができる自体、実に驚かされます。
このアルバム以降も、DAMNEDは、そのアルバムごとに、そして時代ごとに、様々に音楽性を変えていくのですが、それは時に非常にバランスが悪かったり、パンクでなかったりもします。そういった意味でも、この"Machine Gun Etiquette"は、パンクと、その音楽性の進化とが、絶妙なバランスを保っており、パンク以外のリスナーも意識しつつも、パンク以外の何物でもないといった、一枚に仕上がっていると思います。

オリジナル・パンクが出現したとき、誰一人として、DAMNEDが21世紀まで、生き延びていようとは、想像だにしなかったと思いますが、その形を変えこそすれ、しぶとく生き残っていく、DAMNEDと、キャプテン・センシブルの生命力は、こういった先見の明的な、卓越したセンスに裏打ちされているのかもしれません。
それにしても、'01年にNITROよりリリースされた、"Grave Disorder"のオープニングを飾る、パンク・ナンバー、"Democracy"の、その変わり身も、迎合もへったくれもない、開き直ったOFFSPRINGっぷりには、ひっくり返りました。

ABRASIVE WHEELS -BLACK LEATHER GIRL-
Black Leather GirlBlack Leather Girl

Abrasive Wheels


そのジャケットは、当時のハードコアバンドが、誰もチョイスしないであろう、ある意味軟弱とも受け取れる、デザインかもしれません。また、裏ジャケの写真は、確かにハードコアパンクスなのですが、メンバー二人がピンクのモヒカンで、どことなく愛嬌のあるルックス、記念写真のような佇まいが、なんともいえない雰囲気を醸し出しています。そのルックスもさることながら、彼らの音は、現代のメロディックハードコアの元祖とでもいうべき、ポップかつ、メロディアスなもので、まさにあらゆる意味で「異端」だったのだと思います。

80年代前半、オリジナルパンク以降、台頭してきたパンクは既に細分化しつつあり、その主流は、高速フレーズに、ガナり立てる(と言えばよいでしょうか)、いわゆるストロングスタイルの、「ハードコアパンク」と、キャッチーなメロディーと、コーラスワークを、オーディエンスのパンクス達と共有する「Oiパンク」(Oiはいわば、掛け声)というスタイルでした。
現代でこそ、ABRASIVE WHEELSは、Oiパンクにカテゴライズされていますが、その音楽性を、当時のカテゴリーに当てはめるのは、かなり乱暴な感じもします。時にパンクの枠すらハミだしそうな、そのあまりにキャッチーで、メロディアスな彼らの音楽性は、ハードコアも、Oiも、その呼称が、しっくりと馴染みません。しかしそれこそが、当時のイギリスのパンクシーンでも、異端であった、彼ら独自の音楽性を証明していると言えます。

81年リリースの1stアルバム"When the Punks Go Marching in"は、ハードコア色が、強く前面に出ていますが、ポップ性や、キャッチーさは、既に、この頃から色濃く感じられ、タイトルの「聖者が街にやってくる」のカバーなど、ポップなアイデアが随所に散りばめられ、当時の他のハードコアより、かなり聞き易いと思います。
そして、84年リリースの、2nd"Black Leather Girl"。このアルバムは、そのシーンにありながら、ハードコアパンクと呼べるモノではなかったかもしれません。むしろアプローチ的にはハノイロックスとかが、近い印象かもしれません。プレスリーの「監獄ロック」のカバーなど、ロックンロール色も強く、誰もが初めて聞いた時、パンクロックと認識することが、できるかどうかもわかりません。しかし私は、彼らの、少し哀愁を帯びた、メロディーが、アップテンポのロックンロールの乗り疾走する、このアルバムが大好きです。そして、パンクであると、信じて疑いません。

今も圧倒的な支持を受ける、SNUFFも、ABRASIVE WHEELSからのインスパイアを、雑誌のインタビューで語っているのを、目にしたことがあります。また、日本のインディーズブームの立役者であったLAUGHIN' NOSEも、彼らからの多大な影響を公言していました。
ABRASIVE WHEELSの登場は早すぎたのかもしれません。しかし、彼らの音楽性は、後の素晴らしいパンクバンドに影響を与え、そして、現在のメロディックハードコアの、礎の一つとなっている思います。
そして、2008年。これを書くまで、全く知らなかったのですが、彼らは、現在も活動中のようで、なんと今年、ニューアルバム(!!)のリリース予定があるそうです。彼らのmyspaceで、"Black Leather Girl"のオープニングナンバー"Maybe Tomorrw"のニューバージョンが聴けます。また、ひとつ楽しみが増えた気がします。

ものすごく余談ですが、私の持っている"Black Leather Girl"は、Vapの日本盤のアナログで、今、大人気のコミック「デトロイト・メタル・シティ」の4巻に出てくる、今は亡き、大分のリズムレコードで買いました。

ABRASIVE WHEELS - official site http://www.abrasivepunk.com/

THE JAM -IN THE CITY-
In the CityIn the City

The Jam

ロンドンに一大パンクムーブメントが吹き荒れる1977、多くのパンクバンドとほぼ時を同じくして、THE JAMもイギリスのパンクシーンに登場しました。DAMNED、CLASH、PISTOLSを3大パンクバンドとし、それにSTRANGLERSと、このTHE JAMを加え、オリジナルパンクシーンの5大パンクバンドと称するのも、オリジナルパンクを語る上で、ポピュラーな認識であると思います。

Vo. & G.でフロントマンである、ポール・ウェラーは当時弱冠18歳。幼さの残る甘いルックスと、か細いと表現してもいいほどの体躯に、デカいリッケンバッカーを抱え、激しいカッティングとともに、シャウトする様は、当時の、彼らのLIVEや、PVにも、美ささえ携え、焼き付けられています。また、ブルース・フォクストン(B.)と、リック・バックラー(Dr.)のリズム隊による、タイトな演奏と、エネルギッシュなステージングも、そのトリオバンドとしての魅力と醍醐味を、余すところなく表現しています。黒の細身のモッズスーツに身を包み、スタイリッシュなのに泥臭い、彼らの姿を、私はいつ見ても、「美しい」と表現するのが、最も適していると思っています。

THE JAMは1977年、シングル"In The City"でデビュー。当時の若者を歌ったこの歌は、同世代の若者の共感を得て、全英チャートの40位に入り、以後、彼らのリリースするシングルは、その18曲全てが、全英チャート40位以内に入る快挙を成し遂げ、ついには中期の名曲、"Going Underground"で、チャートの1位にまで上りつめる、ビッグバンドへと成長していきます。そして、1982年、まだ、人気も支持も絶頂の中、THE JAMは、その活動に幕を下ろします。その後ポール・ウェラーはTHE STYLE COUNCILを結成。ポップスのキャリアを重ねていきます。余談ですが、ジャズやソウル、R&Bまで取り込んだ、初期スタカンを、ここでとりあげることは決してないでしょうが、意外にも私は結構好きだったりします。

パンクシーン只中に生まれ、モッズリバイバルを喚起し、ポップの頂点に上り詰め、散っていったTHE JAM。そんな彼らの1stアルバム"IN THE CITY"は、一曲目のスピードチューン"Art School "から、ラスト"Bricks and Mortar "まで、若き日のポール・ウェラーが、時に甘く、時に激しく、わずか30分強で駆け抜けます。何もしないで、年老いていく大人たちを、置き去りにし、後ろを振り返ることなく。
そして、また今、改めてこのアルバムを聴くと、そんな大人になった自分を痛感し、少しさびしい気持ちになります。