High-Speed-Flower
徹頭徹尾高速哀愁。HIGH-SPEED-FLOWER RECORDS レーベル情報、高速メロディックパンクを中心に、バンドや音源について書き連ねていきます。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
BEYONDS -UNLUCKY-
UNLUCKYUNLUCKY

BEYONDS


SNUFFがシーンに登場して以降、ここ日本でも、そのフォロワーたる、メロディックかつ、ハイスピードなパンクバンドが、続々と現れます。そして、その先駆ともいえる存在が、BEYONDSでした。
BEYONDSが残した、この"Unlucky"というアルバムは、そのSNUFFの音楽性を、自分たちに吸収し、それを高いクオリティーで表現して見せた、まさに日本メロディック・ハードコア界の、先駆であるとともに、金字塔とも呼べる作品ではないかと思います。

BEYONDSは、'90年に結成され、'93年にこの"Unlucky"をリリースし、同年末に2nd.アルバム"The World,Changed Into Sunday Afternoon"をリリースした後、翌'94年、その活動に一度終止符を打ちます。そして、2005年再び、活動を再開し、現在も活動を続けています。その音楽性は大きく形を変えているようです。いささか、曖昧な表現に感じるかと思いますが、私は現在のBEYONDSのサウンドを、彼らのMySpaceにポストされた数曲しか、耳にしておらず、また、確たる音楽性と、それを表現している、現役のアーティストを前に、今、私が語ろうとしている事は、その彼らにとって、終止符を打った、過去の出来事にしか過ぎません。しかし、日本のメロディック・ハードコアを語る上で、私にとって、当時のBEYONDSは避けて通ることのできない、非常に思い入れの強いバンドであるため、失礼を承知で、話を進めたいと思います。そして、今回この場所で語るのは、彼らの'90年~'94年の第一期のみついてにのみです。と、かくも奥歯に物が挟まったような、口幅ったい文章には、大きな理由があったりしますが、それは後ほど。

私のBEYONDSとの最初の出会いは、"Kill The Flippers With Guitar"という、メロディックコンピでした。LEATHERFACEなども収録された、そのアルバムのラストに2曲、BEYONDSのナンバーが収められていました。その収録曲"She Likes The Tube Boy"を耳にしたとき、私はSNUFF以来、久々に鳥肌が立ちました。私が聴いたそのサウンドは、今まで聴いたどの日本のバンドとも、一線を画す、ダイナミックかつオリジナリティー溢れるサウンドでした。英語で、特徴のある独特のボーカルと相俟って、もうそれは、日本人離れしているとしか、表現しようのない音として、飛び込んできました。その疾走感は、当時、既に一部では、圧倒的人気を誇っていたSNUFFを、彼らがインスパイアしているのは、容易に想像できましたが、それをリフやメロディーともに、格好いい、完成度の高いオリジナルに表現する、その力量。私はこの曲を、何度繰り返して聴いたかわかりません。そして、このアルバムに同じく収録されている、もう一つの楽曲"Feddish Things"の、あらゆる音楽性を雑多に詰め込み、それをハードコアとともに整合させ、難解な展開を見せる、当時の日本のパンクバンドは試みることもなかったであろう、HUSKER DU的アプローチ。私はパンクはおろか、その他の音楽性を持ったバンドにさえ、かくも洋楽ナイズされた姿を目にしたことはありませんでした。

BEYONDSとの衝撃のファースト・コンタクトからほどなくして、私はこの"Unlucky"を手にすることになります。そして、改めてこの当時のBEYONDSの持つ、その個々の力量と、トータル的なセンスに驚かされることになります。このタイトルにして、このジャケット(ちなみに現在入手可能な再販はこぼれているのが「メロンソーダ」ですが、初版は「コーヒー」です)。SNUFFテイストも全開な"Presence Of My Mind"に始まる、このアルバムですが、そこには「SNUFFのような」という表現では表せないほど、幅広い音楽性、リズム、表現力が詰め込まれていました。時にスラッシーに、時に穏やかに、刻まれるギターリフ、グルーヴィーにうねるベース、少ない細工をパーカッシヴに聞かすドラム、そして、時折裏返るかのような熱い歌声、それらが、不思議な整合感とともに重ねられ、独特のグルーヴ感を生み出している、彼らのプレイは明らかに、SNUFFのそれとは全く質感が違うモノでした。しかし、時に危うささえ感じさせる、その音塊は、とてつもなくパンクで、魅力的なモノでした。また、その彼らの楽曲は、攻撃的かつ豪快かと思えば、繊細かつ叙情的な面も持ち合わせたりと、その一曲、一曲が長すぎるともとれる、楽曲の数々が、またも不思議な説得力で、理不尽であるかもしれない、納得を聴く側にせまります。
何故か、このアルバムを聴き終えた後は、私が常々述べているような、次への期待などという、感覚は全くといっていいほど浮かばず、ある意味、長編の小説を読み終え、結末を理解した、満足感と、寂寥感に支配されます。それは当時もなぜだか、同じようにそのような感覚を、覚えていたように記憶します。
私が、このBEYONDSというバンドに感じた感覚は、年齢を重ねて、表現する言葉を見つけたとするなら、「刹那」という言葉がもっとも、しっくりくると今、実感しています。

しかしながら、「刹那」は、その意味どおり、一瞬であり、次へとは繋がりません。BEYONDSが見せたその「刹那」も、次作"The World,Changed Into Sunday Afternoon"で、その姿を大きく変えます。今、改めて"The World,Changed Into Sunday Afternoon"を聴くと、最も洋楽ナイズされた、希有な日本のバンドという、印象は、このアルバムからも、充分なほど感じられ、これもまた彼らの「刹那」であったと、納得はするですが、それは残念ながら、私の求めるパンクではありませんでした。それは、当時も、今も変わる事はありません。


何を隠そう、現BEYONDSのメンバー、テッキンこと工藤哲也は、私が今も住んでいる大分で、私のバンドでベースを弾いていました。それも以前お話した、トリオ編成にしてから(当時、彼は高校生でした)、彼が上京する直前までですから、随分と長い期間です。その後、彼の東京でのHUSKING BEEとしてのキャリアは、ご存知の方も少なからずいるでしょうが、その彼の東京での活躍を、私は常に自分のことのように、大変誇らしく思っています。そのテッキンが、今、情熱を注いでいるバンドの、過去の音楽性をどうのこうの語ろうというのだから、彼にも、また他のメンバーにも、大変忍びない気持ちでいっぱいだったりします。またそうまで言っておきながら、今のBEYONDSの音源すら、持ち合わせていないとは、薄情にもほどがあるってなもんですが、まぁ、そこはそれ、年老いてなお、未だパンクスである、私のモヒカンに免じて、何分ご容赦いただきたいと。
数日前に、彼に連絡をしました。「ブログ始めたBEYONDS書いていいか?」まぁ、当然のごとく「全然問題ないっスよ」くらいの、快い返事を貰えたわけですが、斯様な理由で、勢い慎重にならざるをえない、つもりだったのですが、中盤あたりからは、そんなことまったく意に介していないような感さえありますな。
テッキンならびにBEYONDSの皆様には、心から感謝と謝罪の意を表明いたします。また、"シルトの岸辺で"と"WEEKEND"は、いつか必ず入手しますよ。

BEYONDS My Space http://www.myspace.com/beyonds1990
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。