High-Speed-Flower
徹頭徹尾高速哀愁。HIGH-SPEED-FLOWER RECORDS レーベル情報、高速メロディックパンクを中心に、バンドや音源について書き連ねていきます。
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カテゴライズ
'80年代、日本でも、パンクを中心に、様々な音楽性を持った、若い無名のバンドたちが、D.I.Y.の精神を基本として、インディペンデントな活動を始め、やがて、それはアンダーグラウンドのみならず、日本の音楽シーンにも一石を投じ、一大ムーブメントを巻き起こしました。いわゆる、インディーズブームです。当時のインディーズが、日本の音楽シーンに、大いなる活性化を促したのは、言うまでもありません。そして、そのシーンの中にあったバンドたちも、先述したように、様々な音楽性のバンドが存在していながら、パンク、パンクではない、にかかわらず、そのアティテュードは、実にパンクであったように思います。

ブームの先陣を切って出現した、LAUGHIN' NOSEや、THE WILLARDのような、音楽性もアティテュードも、パンクであった、素晴らしいバンドたちに続く、'80年代中盤の、次なるジャパニーズ・パンクの新しいスタイルは、ビート・パンクと呼ばれる、昔ながらのビート・バンドを踏襲しつつつ、ポップな歌唱系を混ぜ合わせたような、一般的には、実に受け入れやすいであろう、歌謡ポップ・パンクのようなスタイルでした。その親しみ易い音楽性もあり、ビート・パンクは、それまで「パンク」というものなどに、まるで認識のなかったであろう、若い女性のファン層さえ巻き込み、瞬く間にシーンに浸透しました。
しかしながら、私は、そのビート・パンクという、呼称に、パンクのアティテュードや、アイデンティティーを、全くと言っていいほど感じません。昔ながらの日本のビートバンド、ロッカーズや、ルースターズや、ARBなどといった、日本でパンクという表現が浸透する以前の、古き、良きビートバンドの多くの、その初期は、明らかにパンク臭が漂う、パンク以前の、パンクの代替に充分なりうる、非常にカッコいいロックでした。むしろそれは、現在では、日本のオリジナル・パンクと呼んでもいいほど、私は当時のビートバンドに、パンクを感じます。
すなわち、私の認識としては、日本における「ビートバンド」は、「パンクパンド」という表現が、生まれる前の表現であると思っています。で、その理論からいくと、「ビート」と「パンク」という同じアイデンティティーを持つ言葉を、くっつけて、重ねている「ビート・パンク」という、この日本語に、首を傾げざるおえません。「ビート・パンク」という言葉ほど、非常に曖昧で、実に日本的な表現をした、わけの分からない言葉はない、とすら思います。本来、かくも男臭く、逞しい響きであろう、「ビート」と「パンク」を合わせて、「ビート・パンク」としたときの、その言葉から、受ける何ともいえない軟弱感と、虚弱感は、まさに日本語で英語をダメにする、見本のような言葉だとさえ思います。誤解のないように言っておきますが、いわゆるビート・パンクにカテゴライズされていたバンドや、その音楽性を否定しているわけではありません。中には、本物のパンクバンドも存在していました。しかし、商業的にも、メジャーからのコントロールが、その気配を漂わせ、インディーズの本来の意味が失われつつあった、このビート・バンドという言葉が台頭してきた当時、本来の意味の、パンクのアティテュードを持ったバンドは、非常に少なかったのではないかと思います。
日本では、このように、シーンやムーブメントを語るときのカテゴリーと、それを全体的に呼称する、名称を作るのが大好きです。アメリカナイズされながら、流行を追い、仲間と共有する記号を持ちたがる、現代の日本人の国民性は、時として、言葉や表現に現れます。

話は少し変わりますが、時に感性の違いで、「メロディック・ハードコア」という言葉も、理解の仕方の違いが、軋轢を生むこともあるのですが、私としては、この言葉はその額面通り、「メロディアスなハードコアパンク」という、ここで多く私が語っているような、パンクロックの嗜好を、実にわかりやすく、端的に表現した、的確なカテゴリー表現の言葉として、同じ音楽的嗜好を持つ方に、非常に伝え易く、なんの躊躇もなく使用できます。それは「ビート・パンク」という言葉などとは、分かり易さ、理解しやすさも、雲泥の差だと思っています。
唐突ですが、私はGREEN DAYをメロディック・ハードコアとは思いません。そのカテゴライズの多様化した表現を用いて、パンクである前提で表現すると、ポップ・パンクなどに類すると思っています。パンク好きと公言してはばからない人で、音楽的に彼らの音を、ハードコアと認識する人がいれば、私はその人に、自分との感性や、言語の理解の仕方に、大きな隔たりを感じます。感性や、表現や、認識の違いは、言語の違いほど大きく、通訳でも介さない限りは、互いに理解し得ません。GREEN DAYに関して言えば、私はGREEN DAYを嫌いなわけではありません。しかし、GREEN DAYは、「メロディック」ではありますが、「ハードコア・パンク」ではないと認識しています。私には、G.B.H.と、GREEN DAYが、同じ音には聞こえないからです。
また、昨今、日本の音楽雑誌、特に洋楽誌でも、そういった感性の違いを多く目にします。パンクというものに対する認識が、'70年代で止まっていたり、メロディック・ハードコアというものをどう理解しているか分かりませんが、とても理解に苦しむバンドを例に出してみたりと、私の感性と言語感覚では、それは到底理解できないので、最近ではそのような、感性の隔たりを感じる音楽雑誌に、お金を払うことすらなくなりました。そういった、音楽を文字で表現することを生業とする、職業ライターより、むしろ、どこぞの掲示板のスレにいらっしゃる、名もない方々のほうが、よく音楽を理解していたり、文章に知性が感じられたりするのは、呆れるのを通り越して、笑ってしまいます。

日本人はカテゴライズするのが、非常に好きな人種でありながら、そのカテゴライズを間違えているのをよく見かけます。私はそこに、日本人の、経験の少なさや、不勉強さや、視野の狭さを感じずにはいられません。
区別するために作ったカテゴリーの基準すら、非常に曖昧な、その日本人的表現は、時には実に有効に作用することもあれば、また時には、何一つ相手に伝えられず、ゼロはおろか、マイナスに作用することさえあるのを、忘れてはいけないと思っています。

皆さんが目にしている、HIGH-SPEED-FLOWERの、ロゴの下にある、ブログの説明の一文は、その日本人的表現を、フル活用させていただき、実にFuzzyに表現しています(^^)

GREEN DAY MySpace http://www.myspace.com/greenday
G.B.H. MySpace http://www.myspace.com/gbh
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